—— 正しい言葉が、人生の理(ことわり)を拓く ——
理とは、
物事がそのように成り立っている筋道です。
例えば、
・種を蒔けば芽が出る
・努力すれば技術が身につく
・信頼すれば信頼が返ってくる
これらは単なる偶然ではなく、世界がそのように動いている法則です。
この「筋道」が理(ことわり)です。
ビジネスで成功することにも、どうやら理があるようです。
確かなことがある。成功に出会えなければ、それは失敗である。
ある珈琲豆焙煎所が販売するコーヒーのキャッチコピー。
『冷めても、美味しいコーヒー』
本当に冷めても美味しいコーヒーなら、このキャッチコピーはお客様の心を掴むだろう。
出会うべきは……
言葉の不思議
『冷めても、美味しいコーヒー』を、言葉通り受け取れば、冷めても美味しいコーヒーということ。しかし、ゴッホの絵を見て、その奥にある「生きる強さ」「孤独」「情熱」を見出してしまうのが、われわれ人間である。『冷めても、美味しいコーヒー』の言葉の奥を、無意識に受け取ってしまうのだ。
『冷めても、美味しいコーヒー』
言葉とは不思議なものだ。この言葉を、私は次のように受け取った。
「冷めても」とは、年齢を重ね、物事を冷静に見通せるようになること。
「美味しいコーヒー」とは、覚知を深めることで、人生がより豊かに色づくこと。
若き日の熱狂が落ち着いたあとにこそ、真の味わい深さが立ち現れてくる。その境地こそが「冷めても、美味しい」という言葉の真意なのだと感じている。
実際、このお店の店長は、義祖父母、義両親のいる自営業の家に嫁いだ。
日々の家事の合間、ほんのひととき、丁寧に淹れる一杯のコーヒーが、自分を取り戻す時間だったという。そして、多忙な中でつい飲み残し、冷めてしまったコーヒー。しかし、上質な豆だけが醸し出す上品な味わいに、彼女は自らの人生を重ねたのでしょう。
ゴッホの絵でさえ、描かれる以前の「ゴッホの世界」を感じ取れる人にしか、その真価はわかりません。
『冷めても、美味しいコーヒー』も同様です。言葉の上辺しかわからない人もいれば、無意識の深い場所へ届く人もいます。彼女のお店を初めて訪れたお客様が、一口飲んで涙をこぼされる。伝わる人には、そうなってしまうのです。
ビジネスは『想い』に集まる
何のためにビジネスをしているのか。
- 儲けたい
- 人生を成功させたい
- 人生の意味を見出したい
- 充実した時間を過ごしたい
これらはすべて結果であり、ビジネスをする『目的』ではない。ビジネスの目的はただ一つ、『お客様への貢献』である。だからこそ、エゴを超えた理念体系が必要なのだ。
普遍のビジネスが応援される
多忙な社会を生きる中で、
- 「自分を取り戻してほしい……」
- 「ときどき、立ち止まって呼吸を整えて……」
- 「よい時間が過ごせますように……」
こんな『想い』とともにコーヒーが提供されるのだから、彼女のお店はリピート客でにぎわうのだ。
出会うべきは『言葉』
言葉、コーヒー、そして「自分」という概念、そして、個人や組織が掲げる理念体系(想い・使命・指針・理想・価値)の自己展開に、終わりはない。何かに貢献したい『想い』、それは無限に広がり、深まり続けてゆくものなのだ。
ビジネスの成功は言葉との出会いだ。
言葉との出会いの奇跡は、ビジネスを超える。人生そのものだ。
マーケティングコンサルタントとして約30年、コミュニケーションや心理学のトレーナーとして23年。
「正しい言葉」こそが、人生を豊かにする理(ことわり)が開かれる場となる。すべては、言葉との出会いから始まります。
言葉自体が、理(ことわり)なのだから。

